Research Outline

海水の光学特性 –植物プランクトンを衛星から見る–

光吸収係数に基づいた基礎生産力推定アルゴリズムの開発

海洋の物質循環を考える上で、植物プランクトンによる基礎生産量を見積もることは極めて重要です。近年の地球温暖化に伴う海水温の上昇は海洋の基礎生産量に影響すると考えられますが、従来の基礎生産力推定手法は海表面水温を入力変数としており、地球温暖化による基礎生産量の変化を正しく議論することが困難です。そのため、海水温と独立したパラメータである植物プランクトンの光吸収係数を利用して基礎生産量を推定する手法を考案しました。

図1. (a) 光吸収係数に基づいた手法で推定した基礎生産量、(b) 従来の手法で推定した基礎生産量、(c) aとbの差。
(引用:Hirawake et al., 2011)

光吸収スペクトルに基づいた植物プランクトンサイズ組成推定アルゴリズムの開発

海洋生態系において、植物プランクトンのサイズ組成は食物網におけるエネルギー転送効率を決定する要素の一つです。そのため、海洋生態系の変化を評価する上で、植物プランクトンサイズ組成を時空間的に広範囲でモニタリングすることが重要です。これまでの研究により、植物プランクトンのサイズやグループによって光吸収スペクトルが異なることが知られています。そこで、光吸収スペクトルに基づいて、植物プランクトンサイズ組成を推定する手法を考案しました。

図2. (a) 植物プランクトンサイズ組成の指標であるCSD slopeと、(b) chlaの分布。
黒のコンターラインは、chla = 0.10 mg m-3を示す。
(引用:Waga et al., 2017)


激動の北極海 –生態系の変化を探る–

西部北極圏海域における植物プランクトンサイズ組成の時空間変動

北極海の劇的な海洋環境の変化は、海洋の基礎生産者である植物プランクトン群集に様々な影響を与えています。食物網を介するエネルギー転送過程が短い北極圏の海洋生態系では、低次生物生産過程の小さな変化が高次栄養段階生物に大きな影響を与えるため、植物プランクトン群集の時空間変化を把握することは非常に重要です。

図3. 大型植物プランクトン(>5 μm)の生物量が全植物プランクトンの生物量中に占める割合。
(a) 2006年8月、(b) 2007年8月の平均値。
(引用:Fujiwara et al., 2011)

西部北極圏海域における植物プランクトンサイズ組成とベントスバイオマスの関係

西部北極圏海域は世界でも有数の高い生物生産性を誇る海域です。当海域では、植物プランクトンが水柱でほとんど消費されずに海底まで沈降することで、ベントスバイオマスが非常に高い海域「Benthic Hotspot」が形成されています。このBenthic Hotspotはベントス食性生物の摂餌場であるため、ベントスのバイオマスや分布の変化の様子とそのプロセスを明らかにすることは、海洋生態系の変化を評価する上で不可欠な課題です。

図4. (a) 埋在性ベントスのバイオマスと、(b) ポストブルーム期の植物プランクトンサイズ組成の分布。
(引用:Waga et al., submitted)


様々な時空間スケール –海の変化を量る–

西部北太平洋亜寒帯域における基礎生産量の季節変化

西部北太平洋亜寒帯域は高栄養塩の割にchlaが低い海域です。当海域の複雑な地形が高栄養物質濃度の中層水の鉛直混合を生じさせるため、生物生産に必要な栄養分が豊富に存在すると考えられます。しかしながら、栄養物質の輸送経路は不確かであるため、その解明が不可欠です。そこで、本研究では、栄養物質量を間接的に評価できる基礎生産量の時空間分布に注目し、特に季節的な基礎生産量の変動の解明を試みています。

図5. 2003年から2012年までの10年間の各季節における基礎生産量の中央値。

植物プランクトン群集のシフト:規模と方向

近年の地球温暖化による海洋生態系の変化が報告されています。海表面水温から算出した気候速度は、海洋生物の分布域が様々な規模や方向でシフトしていることを示唆しましたが、海水温の変化に対する海洋生物の応答は不明瞭であるため、海洋生物と密接な関係のあるパラメータを用いることでより正確に分布域のシフトを評価できると考えられます。そこで、植物プランクトン群集のシフト速度とその方向を算出し、海表面水温の気候速度との違いを調べました。

図6. chlaの空間変化と時間変化の比として算出した、(a) chlaのシフト速度と (b) その方向。
(引用:Waga et al., 2017)

衛星リモートセンシングによる塩分のモニタリング

 塩分は,全球水循環や熱塩循環、気候変動などを理解する上で重要な海洋パラメータです。マイクロ波帯において,海面の塩分が変化すると海面からの放射が変化するので,それを捉えることで海面には限られますが人工衛星からの塩分推定が可能になります。しかし,水温の場合と異なり,塩分の場合は放射が変化する感度の高い周波数が1GHz周辺に限定されており,放射が微弱であること,その周波数帯では塩分以外の環境要素(水温,海上風など)にも感度があること,社会活動でも使用されており人工由来の電波が自然由来の電波にコンタミすることから,一般的に人工衛星による観測は難しいとされております。2011年,アメリカ航空宇宙局NASAは塩分センサAquariusを開発し,それを搭載したアルゼンチンのSAC-D衛星が2011打ち上げられ,全球の塩分観測を開始しました。その一例を以下に示します。亜熱帯域で塩分が高く,熱帯域及び亜寒帯域で低いという,従来から良く知られている塩分の地理学的特徴がAquarius塩分マップでも見られることが分かります。Aquariusの回帰周期は7日であるため,このような全球マップが毎週得られます。
 要求される技術水準が高い人工衛星を使った海面塩分観測が実現できているのは,現時点では欧米各国です。日本ではまだ実現されておりません。本研究では,日本でも海面塩分観測が実現できるように,関係機関と協力しながら研究を進めております。

図7. 2011年9月の全球海面塩分マップ。(a) Aquariusによる観測、(b) Argoフロート格子データ (JAMSTEC作成)。

 低周波マイクロ帯に感度がある海面塩分は,使用している波長が長いことから地上分解能が低下します。例えば6GHzや10GHzに感度のある水温は高くても10km程度ですが,塩分は50km程度です。この海面塩分データを使って海洋環境に関する研究をしようと思うと,どうしてもスケールの大きな現象が対象になります。例えば,河川流出水をマイクロ波海面塩分で捉えようと思うと,日本で最も流域面積が大きい利根川では難しいです。ミシシッピ川やガンジス川などの世界の大陸河川が対象となります。本研究では,太平洋など外洋域を対象とした研究はもちろんのこと,河川流出水に着目することで,海洋を単体として捉えるのではなく,河川を通じて陸上から海洋に跨るボーダレスな視点で研究を行っております。基本的には物理学的な視点で調査を行っておりますが,最近では河川流出水が生物場に与える影響も調べています。研究を通じて塩分の新たな重要性を見出していく中で,日本においても人工衛星による海面塩分観測実現に向けた機運を醸成していきたいと考えています。